エウレカセブンCD(第一弾)が11月にでるらしい。
しかもどぉーんと2枚組みらしい。同時発売でアナログ版だって。
実はカレンダーも、買ってしまったのだった。(だって、CDと関係ないけど、吉田健一さんの絵が可愛くてすきなんだもんエウレカもシンシアレーンも、アネモネもサラコダマも好きなんだよん♤)


でもって、突然、♪Time To Say Goodbye に触発されて、Sarah Brightman
のCDを聴いている。
プロデューサーが、元エニグマのフランクピーターソンだってことで、
曲の選曲がいかにもエニグマ的な選曲だなと思ったのは、ベートーベンの交響曲アヴェ・マリア?サラ・ブライトマン・クラシックス?7番第2楽章の曲に詞を付けたFiglio Perdutoだったなぁ。この曲、以前から恐ろしい感じがしている曲で、でも静かな感じがして・・それはおそらく嵐の前の静けさとかいう感じと一緒なんだと思うけど、そのいかにも胡散臭そうな透明さが癒しである。という感じがするエニグマサウンドに合致していると思うんだよなぁ。・・ああ。馬鹿にしたり突っ込んでいるわけではなく、上手く説明しようとするとエニグマの癒しはこんな感じなんです。


あの、この人は良く知らないのですけど(アタリマエだが・・)官能で売っているオペラ歌手なんでしょうかね。ライナーが・・エロいんです♧
バロック調のビーズで出来たような服・・コロモというよりこれは全身アクセサリー。身に着けてて、ようするにクラッシュデニムじゃないけど穴だらけなんですわ。見えるって言うより見せてる。のようなね。
見えそうで見えないほうがエロいって言うのをきいたことがあるけど、そういう意味で官能なの。
官能とオペラって・・でも、感じるところは目に見えない部分という意味では仲間なのかもしれないなぁ。もしかして、おんなじところで感じるのかなぁ。。
野ばらちゃんの下妻物語じゃないけどロココの精神、優雅という名の下に持て囃された淫らってことなんでしょか。


白石一文「不自由な心」を読む。
深い。
白石さんと同じ深さを感じたのは、以前読んだ篠田節子だったような気がしてて、世代的に2人は大体似ていたような気がしたのでそのせいなのかと思ってしまう。
心が自由になるには自己完結していなくてはならない。
ってことなんでしょう。
(たくさん書きたいけど、回りくどくなりそうでコワい)
一つのことを抱えようとする時やっぱり、自分自身の心の選択としてわからないってときもある。
また、不自由な心自由にしたいけどそれまで抱えてしまっていることがあって、そのどっちもを同じだけ抱えたいとかいうとき、片方はイヤだけど捨てられないっては、決まっているのに心にウソをついたり、心が不自由だったりする。って意味の不自由ってことなのかもと思う。
もしかしたら、自由とは「貧」(乏しいじゃないよ)なのかもしれない。
ふと思ったんだけど、ここでいう結婚するってことは、周りが結婚していくからそれがアタリマエとなってて自分も知らない内にしたことなんだろうか。
だから、ふとした瞬間に実は多くの捨てたいものなんだけど、自分の心にうそをつくか、わからなくして、捨てられないものとして、それをたくさん抱えているじぶんを発見しちゃうってことなんだろうか。